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    国宝阿修羅展

    天道、人間道、修羅道、畜生、餓鬼道、地獄道6つの世界の中に一つ後からできた世界がある。

    この三面六臂を持つ太陽神は、世界のあり方に疑問を抱き、帝釈天に戦いを挑み続け、決して勝利を見る事が無い。その戦いはいつしも阿修羅の敗北で終わり、その繰り返しだ

    終わる事無い阿修羅の神に挑み続けるその姿は、仏教界にある迷いの世界に新たに一つ道を造ってしまった

    それが人間道と畜生道の間にできた修羅道である。戦い続ける世界の狭間だ。

    そんな闘争神の姿を偶像にした国宝阿修羅像の展覧会を見に行く事ができた興福寺創建1300年記念

    国宝阿修羅展私が訪れたのはGWに入る少し前の平日の夕方。並ぶ事無く会場に入る事はできたが、それでも凄い人だった。

    実はこれが私の阿修羅像との初対面だったなんと私、修学旅行で奈良に行った事が無いのだ(笑)今年の一人旅は奈良にしよう。そして、今まで見たかった仏像の数々を見て廻ろうそう決めていた矢先に阿修羅がこちらにやってきてくれたのだ。

    入り口を入るとすぐに興福寺創建と中金堂鎭壇具のコンーナーが有り、黒木瞳さんがナレーションをするイヤホンガイドを聞きながら進んで行った。そのコーナーを過ぎるとここからが今までに無い話題の展示スタイルで国宝十大弟子像と八部衆像が迎えてくれる。

    会場の左右にわかれ仏に仕える八部衆と釈迦の弟子である十大弟子の姿がどこからも拝む事ができる

    後ろからのぞき見た十大弟子の着物の裾は新鮮だった時の流れに晒された威厳のある姿とはまた別の鮮やかな姿がよみがえる釈迦の弟子として修行中の質素な姿のように今の私たちの目には映るが、 実は後ろからその姿を見るとその着物に実に鮮やかな彩色と模様を読み取る事ができる「もし、これが全身への彩色だったら」そう想像するだけで、鮮やかな奈良時代の文化をかいま見る事ができるのだ。

    そのコーナーを抜けるととうとう阿修羅との対面だ。レッドカーペットがひかれた通路を抜けた先に阿修羅を見つけた時の感動はなんて表現したらいいんだろう。とうとう出会う事ができました。

    黄金に生えるスポットライトの下、その少年とも言える華奢な体を生身に晒して心細くも見える。こんなすばらしい条件で初対面できる喜びと反面に、その3つの顔に浮かび上がった、苦痛や怒りや、迷い、そして内面に向かう表情が痛々しい。

    360度から阿修羅像を拝見できる事は新鮮ではあるが、それより、少し離れた壁に寄りかかり、その場でしばらくの間じっと見つめていた。

    正面から向かって左のお顔は心の中にわき上がる昔の過ちをこらえる顔向かって右のお顔は自分の心の内を見つめ直すお顔そして、正面は自分の心をしっかりと決めた強いまなざしのお顔その中でどの表情も抱えているのものが大きく耐えられなくなりそうな弱さを垣間見える。

    それでもしっかり大地に立ち、自分を奮い立たせて前を見つめているように感じたのだが、これは私の抱えているものなのだろうか?

    仏像の見方は様々で、宗教心の無い私には、阿修羅の問いかけてくる声が聞こえないそれでも見つめ続けていると巡る思いが沸き上がる

    八部衆の独りとして仏に仕えながら迷い戦い続けた神。神といいながらも、人を救う存在ではなく、迷い悩み道を探る存在である阿修羅。そんな阿修羅が小さな世界で迷い続けている私たちの前にその弱さを晒し、すべて含めて人の弱さを受け入れてくれているように感じるのはそれこそきっと私の弱さ。

    阿修羅と対面した人は私のように、その姿に自分の弱さを見る事があるのだろうか。

    多分これからの人生の中で、何度か阿修羅を訪ねる事になるのだろう。その度に感ずる事は今の私とは違うはずだ。次はもっと強く、もっと迷いの無い阿修羅に、そして私に会いたい

    「国宝阿修羅展」のすべてを楽しむ公式ガイドブック (ぴあMOOK) ¥ 1,300(2009-03-19)

    百億の昼と千億の夜 (秋田文庫) 光瀬 龍,萩尾 望都 秋田書店 ¥ 740(1997-04)

    May 9 2009, 11:07pm | Comments | [ original_link ]


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