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    チェンジリング

     

    余韻は消えることなく、ふとした瞬間そこにあった世界へ引き戻される観てよかった。そう言えるすごい映画だった

    「チェンジリング」 イーストウッド監督の新しい作品に出会う度に、心の層が一枚増え、その厚さが人として自分を育ててくれる様な感覚に陥る「許されざる者」「硫黄島からの手紙」「ミリオンダラー・ベイビー」「パーフェクトワールド」「ミスティック・リバー」どれも今でも心の奥に残っている

    日々の生活の潤いとして映画という嗜好品は自分をリラックスさせてくれる魔法ではあるのだが、イーストウッド作品にあるのは、生活ではなく「生きていくということ」だ。

    どう暮らして行くではなく、どう生きるのか

    人生という掴み所の無い不安を、いつも目の前に突きつけられ考えさせられる

    はじめアンジェリーナ・ジョリー主演とイーストウッドの組み合わせに違和感を感じ、あまり魅力を感じなかった

    しかし、下敷きとなった事件には興味があったゴードン・ノースコット事件 、別名養鶏場殺人事件である 調べれば調べるほど、孤立した世界でのルールが狂気となり、ありふれた生活に触れた時にできるゆがんだ空間が、別々の人生を歩んでいた人々を翻弄する偶然性。

    1920年代のアメリカでの事件がベースになっている

    アンジー演じるシングルマザーのクリスティンが息子と映画を見る約束の日、どうしても仕事の都合がつかず、独り子供を残して、家を出る。 そして子供は姿を消してしまうのである。 そうやって彼女の人生は思いもよらない葛藤の中に巻き込まれていく 子供をさらわれ、警察の協力を得られたと思ったのもつかの間欺かれ、彼女の目の前には息子を語る別人が用意されるすべて、実際におこった現実の事件であり、登場人物も実名である。猟奇的な殺人の概略も警察の対応も、人とはこんな事を実際におこす事ができるのだと言う事実が、人に対して失望の念をおこさせるそんな絶望の色が強いストーリーをイーストウッドは80年前のアメリカに生きた女性を演じるアンジェリーナ・ジョリーの姿を追い続ける2時間22分の上演時間のほとんどのシーンにアンジェリーナ・ジョリーが映し出されるなぜ、イーストウッドは彼女を選んだのか。観ている間、その疑問が脳裏に何度も浮かんだアンジーの姿は1920年代の女性を演じるには強すぎる声を荒げたり、人と争う事が嫌いな慈愛に満ちあふれた母性の強いクリスティンを演じるのには、彼女のギスギスと角張った手足、パーツの大きな顔、やせ過ぎの体は違和感を覚えてしまった彼女の演技力には定評が有り、私も彼女のいくつかの映画は大好きだ現代の、いや未来の姿にはアンジーの姿を思い描く事ができるそのせいなのか、ほとんどのシーンでの彼女が美しく見えない。いつも泣き通しで、崩れたアイメイクで目の周りを真っ黒に汚し、手をふるわせおどおどと画面の左右を行き来している90パーセントと言っていい。醜い彼女の姿をイーストウッドは1テイクのみといういつもの緊張感にあふれる撮影方法で追い続ける。なぜ?イーストウッドへの問いかけはラスト10分スクリーンから答えが返ってくる実際の事件は概要であってライターが書いたあらすじではない。事件の結果はもう出ているでは、この悲惨な事件結末をイーストウッドはどう締めくくるのか。ドキュメンタリーでは無く、ノンフェクションでも無いラスト。だから、アンジェリーナだったのか。決してハッピーエンドではないが、希望を見いだすこのラスト、彼女が光り輝く。この最後のシーンのために、彼女は演じ、イーストウッドは撮り続けたのだ。今でも、少し右肩をあげて歩み去っていく彼女の後ろ姿の美しさが、私を幸せにしてくれる人の希望、信じる事の強さや愛情を彼女はラストに見事に体現してくれた大事な1本の映画として、これからも忘れる事の無い映画となった。Changeling 監督・製作・音楽/クリント・イーストウッドアンジェリーナ・ジョリー/ジョン・マルコビッチ/ガトリン・グリフィス脚本/J・マイケル・ストラジンスキー製作総指揮/ティム・ムーア、ジム・ウィテカー製作/ブライアン・グレイザー、ロン・ハワード、ロバート・ローレンツ撮影/トム・スターン美術/ジェームズ・J・ムラカミ製作国/2008年アメリカ映画上映時間/2時間22分

    March 7 2009, 9:44pm | Comments | [ original_link ]


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